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2014年3月11日火曜日

3年目の3月11日

東日本大震災から早くも3年が経過しました。

被災された方々にはあらためて、お悔やみを申し上げます。

私はその瞬間、大阪西梅田駅近くの地下街を歩いていて、本震には気が付きませんでした。

大和ハウスのエレベータで5階に上がる途中で余震が来て、一瞬ですが閉じ込められた。

にもかかわらず、またエレベーターで上がったのは、今思うと無謀だったな。

同社との会議の最中に、津波のテレビを見て、大変なことが起きたことを認識しました。

定宿を直ちに予約して、翌朝の新幹線で関東に移動。

横浜からは横須賀線が止まったので、バスで東戸塚までで戻ったのでした。

この地震の最大の悲劇は津波であり、大きな後遺症が世界的にも1、2にあげられる、原発事故だと思います。

2年前に、今後原発をどうすべきか、全廃は勿体ないが、どういう基準でいくつ残すか、などブログに書きました。

その時は、残す基準がしっかりして、透明性があることが大事だと書きましたが、その後には全く失望しましたね。

今の政府は原発で何か漏水などがあると、ひそやかにしていて、頃合いを見て電力コストがどうだの、国際競争力が云々で、それだけで押し切ろうという作戦に見える。

技術屋が万といるのだから、リスクを計算して、ここまで認めようではないかと提案すればいいのに、リスクについて一向に議論をしない。 

一方復興の遅いところに、政治の責任の問題があり、経済界のように遅い遺伝子が消えないところが政治の弱点だと以前書いたが、ここはなにも治っていないよね。

このスピード感を見ると、日本の将来を憂います。

もうすぐ、地震発生の2時46分ですが、会社で黙とうをささげ、亡くなった方のご冥福を祈ります。

合掌

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